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かっちゃん日記〜上地克明Blog記事一覧

悪女について

昨日の「悪女について」良かったなあ・・・・・
久しぶりに雄輔の役者としての顔が見れた。
親としてやはり本業の姿を見ると「ホッ」とする。
親バカなのだろう、自分も波乱万丈の人生を送ってきたせいか、いつも雄輔には
ハラハラドキドキ・・・・
いつまでたっても女房のように肝が座らん、情けない・・トホッ
しかし、「悪女・・・」は昭和のレトロの感じと豪華な俳優人、そして有吉佐和子女史
らしいストーリー、うん、良かった、良かった。
今から比べれば、まだまだみんな貧しく、一生懸命で、心があった時代・・・・
時々バックに映されていたテレビから、古き良き時代が連想できた。
「もしあの時代に雄輔がいたとしたら、社会は受け入れたのだろうか」と考えると、
「時代が人を創るんだな」とつくづく思う。
あの頃の自分は「俺が時代を創る」と肩をいからせ生きていた。
今から思えばマンガのようだが、少なくともそれが生きる原動力になっていた。
多かれ少なかれみんな夢を持っていた時代・・・・・思い出すなあ

それにしても沢尻エリカちゃん良かったなあ・・・・
ラブシーンで「雄輔羨ましいなあ」と言ったら
船越家みたいに女房に怒られた。
昔も今も男はそんなに変わらないだろうよ・・・

自助、共助、公助

最近、行政用語として良く耳にする、「自助、共助、公助」。
本市においても自治基本条例案の考え方の一つとして説明されていた。
違和感を禁じえない。地方分権の流れの中でどこぞの権威ある委員会が使い出した用語
のようだが、最近、地域主権、住民自治とともに原理原則のように様々な場面で聞かれる。
横須賀ナショナリストの私からすれば、「国に対して、シビルミニマムとナショナルミニマムの見直しや、
地域特性に基づく権限移譲などを申し入れたこともなければ考えたこともないような本市など、
結局は国主導の分権の中でしか踊れず、本当の自立など出来るわけがない」と思っている。
そんな行政が、「自助、共助、公助」という言葉を使う度に、意図的か否かは別として、
行政の政策展開の責任を市民に転嫁してるようにしか思えない。
大体、この「自助、共助、公助」の補完性の原理はヨーロッパのキリスト教圏の考え。
つまり国家の前に、家族愛、隣人愛そして拠り所としての教会という歴史的、宗教的背景があるのだ。
核家族化の名のもとに宗教や家族文化を片隅に追いやった社会に、少子高齢化、財政難を理由に
行政が「自助、共助、公助」を持ち込むのは、過去もそして未来も自らの責任を放棄しているに他ならない。
核家族化のすべてを否定しているわけではない。利便性や快適性、社会の進歩など高度成長の根幹には核家族化があったとは思う。
これからは収縮していかざるを得ない経済、少子高齢化、財政難、そして天災の恐れ。
絆、それは家族主義、向こう三軒の地域主義の復活こそ焦眉の急なのではないか。
こんな時代だからこそ、地方行政や政治の役割は、自助、共助の中に積極的に入り込み、市民の目の前にある危機に対処していくことではないのか。

先祖

雄輔が宮古島に自ら墓参りに行った。
「これで私から雄輔へと先祖が繋がった」との思いを強くして嬉しかった。
「俺の役割は終わったな」との感。
しかし、祖母の忌中払いの席上見渡せば、母方はほとんど子孫の縁がなく絶えることは必定。
世間ではこのようなご家庭も多いのでないかと思われるが、この不条理にしばらく考え込んでしまった。
どんな宗教や哲学を持ち込んでも、凡夫の自分には納得する答えが出ない。
還暦真近にもかかわらず、新年そうそう相変わらず迷いが・・・・・
雄輔の歌ではないが、答えが出るまで生きるのか?
我が弟のように臨終にすべてを理解できるのか・・・うーん

家族葬

孫や曾孫に見送られ、祖母は安らかに旅立った。
大正初期の生まれなのにテニスが趣味で、当時で言うモダンガールだったらしい。
初孫の私は本当に可愛がってもらった。
戦後まもなく祖父と死別、女手一つで5人の姉妹を育て上げたが、既に母も含め3人が
他界。しかし、私達の前では本当に元気で気丈だった。
幼い頃時々やってくる祖母のお土産は、当時牛乳工場に勤めていたため、いつも瓶いりの練乳。
これが美味しいのなんの・・・・・。
酒乱の父に怯えながら愛なき幼年期をおくっていたため、この練乳の味は「愛」いや「神」いや
「天国」に思えた。
今も無類の練乳中毒だが、医者から厳禁されているので控えてはいるが、今でも夢は練乳の温かい風呂に
入り、それを全部飲み干すこと。(命がもたたないのでさすがにできないが・・・)

あまーい、そして暖かかかったバアチャン・・お袋や伯母達とゆっくり昔話でもしながら
休んで下さい。     お疲れさん・・・   有難う。

お、お、(小さく)おめでとう

明けましておめでとうございます。
「おめでとう」という言葉は、先の震災を考えると、どうにも後ろめたささえ覚えるが、
共に生かされ、この年を迎えられた奇跡とも言える現実に互いに「めでたい」
と言う意味で「おめでとう」を使っている。
今年は紅白歌合戦にでかけることもなく、ゆっくりと年を越すことができ、久しぶりに
せがれ達もそろい良い正月を迎えられたと思いきや、長生きしていた母系の祖母が2日に他界、
98歳という天寿ともいえる人生だったが、人生は糾える縄のごとしと改めて痛感した。
祖母の長女で、私の母は逆縁で既に鬼籍に入っているが、母の死を理解できずにいたのはせめてもの救いだった。

昨年は議会で「中小企業振興基本条例」を個人で提案、全会一致で可決された。
これは二つの大きな意味を持つ。
一つは、地域主権の経済・雇用対策に公共事業が効果的に展開されることが重要で、
価格競争を助長してきた本市の目玉とも言える入札制度が変更されるということ。
二つ目は、議会側が行政の遅れや鈍さを指摘するだけではなく、自ら現実的課題を解決するために
どんどん政策条例を創って市政をリードすることが今後の議会の在り方、ということだ。
大阪の橋本市長のような改革は、首長だけではなく、議会がその権能をふるに使えばできるということである。

今年も歌って踊れる史上最強の議員を目指して頑張ります。(へっ、へっ、へっ)

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